ろうはずがなく、この世への恨みつらみのありったけを日毎夜毎に愚痴って居ります内、捨てる神あれば助ける神ありとやら、この地の常磐座の持主で、鹿児島県の多額納税者である尾形というかたの奥様が旅の空で可哀そうに、とのお心からわたくし共に眼をかけて下すったのです。尾形というかたは常磐座の他に志布志というところの劇場も有って居られ、酒と醤油の醸造家でもあるそうです。奥様は、良人が常磐座で月形半平太をうって居りました時は二度も御覧になられたとか、芝居は子供の頃から好きだったとか、良人にいろいろと幕内の事どもを尋ねたりなさいました。幟があったらどんなのでも宜しいから一枚くれ、と仰言り、少々古ぼけてはいましたが、持合せの茶地に白で染め抜いた市川多賀之丞丈江を一枚さしあげたのです。奥様の悦びようといったらありませんでした。何んになさるのか、とおききすると、ただ納っておくのだ、とお笑いになるばかり。
わたくしも良人の果報を少しはねたましく思ったことでございます。
お邸には、幸い六年もいたお針さんが病気で皈った故四十人からいる雇人の縫物に困っているから気分さえよくば少しずつお針をしてくれ、それに良人は良
前へ
次へ
全17ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
矢田 津世子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング