旅役者の妻より
矢田津世子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)呉《くれ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)つれあい[#「つれあい」に傍点]
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暑い暑い言うたのも束の間にてもはや秋風たちはじめ、この頃では朝夕膚さむいようになりましたが、まことに久しくおたよりも致さず、あね様はじめ小さい菊ちゃんにもお変りもあらせられませんか。おうかがい申上げます。思えばいまだ暑い盛り、油津よりおたよりいたせし以来今日まで何らの音信もいたしませず、さだめし、いずこいかなるところをさまよい居るかと雨につけ風につけお噂にのぼりお心なやませし御事と今更のように相すまぬ心地がいたします。いつも御地のこと心にかかりつつも余りに浅間しく悲しき身の上に、いつもいつもつい一度として嬉しきたよりは聞えあげぬこととて、何んとか身の落ちつきのついてからと一日一日と長びきて加様に御無沙汰いたせし次第、何卒御免下され度候。
あね様。
おたよりせなんだ約百日ばかりの間、言葉につくせぬ苦労をなめました。
日向路さしてさまよいこんでよりつい一日として好い事とてはなく
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