が出ると飯尾さんはむき[#「むき」に傍点]になるのだった。
そんな時の飯尾さんの表情はヒステリックにひきしまってきて、妙にひっからんだ声音でくどくどときかせるところはこのひとの執念の程を思わせた。それは、亡くなった母への義理だてから父の情人をこきおろす、というような単純な心から出たものではなく、何かそこに個人的な根深いものがひそんでいるように感じられた。ふと、薄化粧した飯尾さんがしな[#「しな」に傍点]をつくって食事の父へ給仕をしている姿を頭に描いて、紀久子は自分事のように身内を熱くした。ただ、眼を覆いたいうとましさだけがくる。そのくせ眼前の飯尾さんをみるとつくづくこの年寄りが、と何かしら可笑しくなってきて、この顔がなまめいたらどんなかと、ああもこうも想像してはしらずしらずに好奇心をそそられていく。そんなことで気もちがそれて紀久子は話すのが一そう億劫になった。そして用事を思いたった気忙しい様子で不意に座を立った。
「あの、お姉さんね、この間の染物のこと飯尾さんにお頼みしてくれるようにって云ってらしてよ」
「ああそのことならさっき通りでお伺いしました」
飯尾さんは少々気ぬけのした顔に
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