腰ばかりではなく、以前はひっつめて後ろに小さく束ねていた髪もこの節では母のように前髪をとり髱《たぼ》を出してお品よく結っているのだった。それに、母の形見だという小粒の黒ダイヤのはまった指輪の手をたしなみ好く膝の上に重ねて少し俯向きかげんに人の話をきいている様子は母にそっくりであった。
「飯尾さん、ばかにめかしているじゃないか、親爺に気があるのとちがうか」
 いつか、湯上りの飯尾さんがクリームをつけたにしては少し白すぎる顔で遅い夕飯の父へ給仕をしているところをみかけた兄が、お吸物をはこんできた紀久子を裏廊下のところでつかまえて面白そうにこう笑ったことがあった。それまでは別に気にもとめず過してきた紀久子は兄に云われた瞬間、飯尾さんに対して無性に胸わるさを感じた。「まさか」と兄へは打消しておいたが、どうも後味がよくない。それからは妙に飯尾さんへこだわるようになってしまった。そして、今も、母の癖の出た飯尾さんの眼つきをみて紀久子は厭な気がした。話すのが億劫になってくる。それに話し出せばまたおきえさんの非難をきかされるのがおち[#「おち」に傍点]である。母が亡くなってからは余計に、おきえさんの話
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