きた紀久子が用を足して部屋へ戻りかけると、これも厠へ起きてきたおきえさんと離れの廊下のところで出あった。緋鹿の子の地に大きく牡丹を染め出した友禅の長襦袢に伊達巻き一本のおきえさんの姿は阿娜めいて昼間のおきえさんとは別人の観があった。寝乱れてほつれた髪が白い頸すじへまつわり、どうしたのか顔は少しはれぼったくみえた。裾を慌ててかき合せるようにして紀久子へちょっとお辞儀をするような恰好で厠へ入っていった。不思議に眼だけが吸われるようにおきえさんの色彩についていって厠の戸口で止まると、そこから離れの部屋を窺うように、いっ時息をひそめた。微かに父の寝息が洩れてくるように思われた。だが、もしかしたらそれは自分の呼吸の激しさかもしれない。冷めたくなった足裏に促されて紀久子は自分の部屋へ入った。ふと自分がこの間まで寝間にしていたその部屋に父とおきえがやすんでいる。――妙にそれへこだわって、どうしてもねむれない。想像が、鉛のように鈍った頭の底からつぎつぎと現われてくる。そして、この想像の跳梁に身をまかせている自分を忌々しいと思いながらも、どうしようもなくそこから抜け出せないのだった。
その翌朝はへんに
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