父を避けたい気がした。それでいて、まともからずけずけと眺めてやりたい気もした。いつものように父の外出の支度をしているところへ朝風呂をすませた父がきて、「新聞は?」ときいた。舌がこわばって咄嗟には口がきけず、黙って父をみたままでいると、
「何んだ?」と父は眉間の縦皺を深めたいつもの気難しい顔になった。きょうはその縦皺にいつもの父の厳しさは感じられず、好色めいたものの動きをみたように思った。不興げに父はそこを立去ったが、紀久子はふと父を眺めている自分のそばめた眼つきに気が付いて厭な気分になった。自分の中に母をみたと思ったからである。そして、この母は疾うの昔から自分の中に生きていたように考えられてくる。すると、自分の中の母に気付いたのは自分よりも父の方が早かったのではあるまいか、という気がしてきた。
父の誕生日とおきえさんの披露をかねた小宴があるというので姉はまた忙しく家へ出入りするようになった。こんどは余り粗末なことも出来まい、と気づかうのである。仕出し屋をよんでは料理の相談をする。買物をまかされて飯尾さんは出かけて行く。おきえさんが家のことをするようになってからは飯尾さんは何かにつけて
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