心なのですから、どうぞ」
 それだけを云うのにもぽっと頬を染めて、気おくれからか、張りのあるふたかわ眼を何やら瞬くようにして紀久子をみあげていたが、「それから……」と云い淀んで包みの中から反物を二反とり出した。
「これはわたしの普段着にしたいのですけれど、どちらがよろしいかお決め頂こうと思いまして」
 柿渋色の地に小さな緋のあるのと、もうひとつは黒とねずみの細かい横縞であった。どちらも見栄えのしない地味すぎる柄あいなので、もっと派手むきのを選んだら、と勧めると、
「あの、これでも派手なぐらいに思っていますの、これからは出来るだけ地味ななり[#「なり」に傍点]をいたしませんと」
 おきえさんは俯向いて、すんなりとした手で徐かに膝を撫でている。いかにも今の言葉を自分へ云いきかせている様である。たどたどしいながら何かしら自分たちへ追いすがろうとするその一生懸命さが不憫になってきた。このひとにしては精いっぱいの事をやっている。それをどうして自分は素直に受けられぬのだろう。おきえさんは俯いてまだ膝を撫でている。それを眺めていると思いもかけず興奮が胸へ湧き上ってきた。これはおきえさんへの愛情だろう
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