と窘めると、すぐに僻んだように黙りこくって、しばらくしてから、
「お母様さえいらっしゃれば……」
などと涙声になるのだった。それをみるのが厭だったので、紀久子は飯尾さんがおきえさんの蔭口を云い出すと、いつも聞いていて聞かない風を装うことに決めていた。
外へ出さえすれば、おきえさんは紀久子へ手土産を持って皈るのが慣しになった。リボンで飾りをつけた奇麗な箱入りのチョコレートだの、朱塗りの手鏡だの、蒔絵の小さな指輪入れなどであった。
「こんな子供だましのようなものを下さるなんて」
と蔭で紀久子はよく小馬鹿にしたそしり笑いをしてみせるのだったが、それももの欲しそうにしている飯尾さんの手前があるからで、その実は、おきえさんの心づかいが何かしらいじらしいものに思われてきて、ふと鏡台の前の手鏡をとりあげてみてはしらずしらずに頬笑みのわいている自分の顔を写してみたりした。
或日いつものように買物から戻ってきたおきえさんが気がねらしく紀久子の部屋をのぞきこんで、
「あの、おひまでしょうか」と声をかけた。「の」の字をゆっくりと引っ張るそのものいいがちょっと甘えかかっているようにきこえる。
窓ぎ
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