前たちも認めてやりなさい、と暗におしつけようとかかっているところがくみとられた。
おきえさんは朝父を送り出してしまうと永いことかかって身だしなみをして、それから、父が夕刻戻ってくるまでの暇な時間を離れの長火鉢のところに坐って呆んやりと庭を眺めていることが多かった。時折り、姉がおきえさんを買物に誘い出すことがある。そんな時はきまって渋ごのみの縞ものに縫紋のある黒の羽織を重ねている。衣紋も深くは落さず、前にみた時よりは庇髪をぐっとひっつめたように結うているので三十八の年よりはずっと老けてみえる。
「どこからみてもあれでは良家の奥様ですからね」
門を出て行くおきえさんのうしろ姿をみ送りながら飯尾さんはこんな厭味を云うのだった。そして紀久子が相手にしないでいると、
「いくら奥様らしくみせようとしたって、もとがもとですからねえ」
と、ひそみ声になってしつっこく紀久子へ話しかけてきた。まるで、心の中に巣食った何ものかに始終じくじくと責め立てられているのだが手足がこれにともなわない、とでもいうようないら立たしさがその様子に感じられる。みかねて紀久子が、
「そんなことお父様にきこえたら大変よ」
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