った。もっとも姉の心づかいにはおきえさんへというよりは父への義理立てに迫られたものがあった。母との間が疎かった父にしてみれば「お父様っ子」として育った気立の優しい姉が誰れよりも心頼みだったし、それを姉はよく知っていた。そして、父の信頼を地におとすまい、とする心が働いておきえさんへの「おつとめ」になっているらしかった。
いつぞや、紀久子が学校の皈り姉の家へ寄ると、外出の支度をしていた姉は何やら工合の悪そうな様子をして、これから歌舞伎へ行くのだが、席はどうにか都合つけるから紀久子にも行かないか、と誘いかけたが、そのはずまないものいいがへんに紀久子を拒んでいるように思われたので着換えに皈るのが面倒だからと断ると、
「じゃ、またこんどのことにしましょうね。それにきょうはおきえさんのお供なんですからね」と姉は云い訳をするように気がねらしく云った。そして紀久子が皈りかけると「母様へはこのこと内緒ね」と追いすがるようにして念をおした。姉はおきえさんのことについてはこだわりなく何んでも紀久子へ話してきかせるのだったが、そのあとでおきまりのように「母様へは内緒ね」と念をおすのだった。それは姉の単純な優
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