しい心ばえから出た母への劬《いたわ》りともとれ、また父に対する例の節操から話が母へ洩れるのを警戒しての言葉ともとれた。紀久子はそれを云われる度に曖昧な姉の心もちを疑ってきた。そしていつの間にか自分も曖昧などっちつかずの心で絶えず父と母を窺うようなことをしているのに気付いた。ふと、それが物心のついた頃からの永い間の慣しではなかったかしら、と思いめぐらしてみる。父と母の不和を湛えた暗く冷い空気の中で育てられた自分ら兄妹には共通したこの両親への窺いがあって、それがもはや気質にまでなっているのではないか。こう考えてくると、自分ら親子のつながりがどうにものっぴきのならぬ宿命的なものに思われてきて、暗澹とした気もちに襲われるのだった。
父と母の不和は従兄妹どうしだという血の近さからくるものが主であるらしかった。その不和が「家のために」というひとつの旧い習慣の下でぶすぶすと燻りつづけてきた。母のいるところでは父は黙りこんでいる。父の前で母は多くを語らない。父の身のまわりのことは紀久子がその代りをつとめるのが仕来りになっている。
父が家にいる間は母はリウマチを口実にして早くからやすむのがいつもの事
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