い小野牧師がきたのは遂一年前だった。彼は、神様のお命じ給う所に依って、お松親子を扶養した。何よりもまず古い正会員達の機嫌を損じる事が彼には恐ろしかったから……。教会で絶対権力のあるのは古い信者達である。教会の維持費牧師の生活費は彼等の掌中にあるのだ。だから信者達がお松に親しんでいれば、牧師としても彼等の申出でを快く承諾しなければならない。小野牧師は信者達の間に確実に信頼を得た。白痴の娘は妹の様に可愛がられた。お松は只管《ひたすら》身の幸福を神様に感謝しなければならなかった。
3
「おっ母ア、上がってもいいか?」
台所口からのっそりと肩の広い男が首をのばした。
「おや、欽《きん》じゃないか、暫くこなかったねえ、どうしたんだともって心配してたよ」
「うん、こられなかったんだ、それに――」
二タ月目の息子の来訪だった。お松はそわそわとそこいらを片付け始めた。
「親に心配させるようなお前じゃないのにねえ、一体、どうしてこられなかったい?」
お松はまじまじと息子を見た。二タ月の間に、全で別人のように変っている。この髭面、この服装、この無愛想。あの模範職工の几帖面はどこへ失
前へ
次へ
全23ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
矢田 津世子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング