誓約の箱の前で踊りを踊ったということ。しかも、ダビデ力をつくして踊れり、とあります。ダビデは我を忘れて夢中になって踊ったに違いありません。妻のミルカがこれを見て、大王ともあろうものが踊るなんて何事です、と夫を責めたのですが、ダビデは構わず踊ったのです。わたくしは、ダビデの、この子供に近い神様を怖がらない行動が真当であると思うのであります。神様に対してやましい心をもっていないからこそ踊りも踊れたのです。……」
 寛衣の間へ手を入れてハンカチを取り出すと、牧師はそれを指の先に巻いて、器様に鼻の汗を拭った。へリオトロープの強い香気が会堂に拡がった。
「私の知り人に、最近悪思想に感化せられた学生が居ります。彼は以前私と会って快活に語り、笑いいたして居りましたが、ひと度この思想に捕われるや、最早私と会おうともしません。うつうつと考えこんでばかりいるのです。ダビデの如く快活に踊れよう筈がないのです。神様に懼れを抱いている証拠です。ところが、神様を正面《まとも》に見ることの出来ぬ人が最近次第に増してきました。悪思想が青年諸君を目指してやってくるのです。みなさアん、これは悪霊です。尤もらしい衣をまとっ
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