コーラスの終った後で、信者の中から几帖面な顔付きの男が立ち上って祭壇に近づき、会師の傍にある大型の聖典を開いて早口に創世紀の或る一箇所を読んだ。
「……宣《のたま》えり……宣えり……」
男は吃《ども》って、「宣えり」を何遍もくり返じ、赤面してますます慌てて吃った。
再びコーラスが始って、終ると、前から性急に咳払いをして喉を慣らしていた牧師がおもむろに腰を上げて祭壇に登った。彼の纏っている白い僧衣は、背景の黒い幕と崇高な対照をして、顎迄ある高いカラーや古風な爪先きだけを包む靴と共に、一層彼を威厳づけ、神に近いものにしていた。
「新約聖書、ヨハネ第一の書の第三章、二十一節。愛するものよ、我らが心みずから責むるところなくば、神に向いて懼《おそ》れなし……わたくしは、このみ言葉を味わってみましてエ非常に教えられるところがあると思うのであります。現代のクリスチャンは余りに憂鬱であります。神様に対して心やましいところがないならばア、常に快活に明るい生活が出来ると思います。何の憚るところなく自由に行動が出来る筈です。旧約聖書の中にこんな話があります。ダビデが、あのイスラエルの大王のダビデが、神の
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