下せえ」
長身な職工は、往来にぽんやり立っているお松を自分の横の空地へ誘った。
「この騒ぎは一体どうしたというんです。喧嘩ですかい?」
自分を「おっ母アさん」と呼ぶこの男の親し気な口調が、お松を知らず知らず彼へ近づかせていた。
どッと喚声が上って、続いて足踏みと拍手が起った。叩きつけるような幅ったい声が後で叫んでいる。
「昨日からストライキでさア。今度という今度は俺アの主張を通さずにアおかねえ。奴等の手になんか乗るもンか。打のめして……」
「お、よく来たな、おっ母ア、どうしたんだい?」
汗でギラギラ光った顔が忙しなく呼吸をくり返した。
「俺アの言葉おとなしく入れてくれて、矢張りあの狐穴を出る気になったか?」
「……警察から人が来てな、お前のことを根掘り葉掘り訊くもんだから、それでな……」
「何だ! そんなことか、犬なんか、勝手に糞でも嗅がしておけアいいんだ。……俺アまた、おっ母アが分別つけてやってきてくれたものと思っていた……」
口元に浮いていた微笑が消えて、欽二はやけに爪先きで土を蹴った。
「神様のおめぐみは深いよ、そんな……」
「未だそんなこと云ってる。今に、そうだ、今に
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