きて、彼女をおびやかす。いや、神聖な教会で間違いのあろう訳がない。みな自分の邪推なんだ。神様がよもや、神様は正しい事だけしかしないにきまっている。……で、お松は、牧師の不機嫌な他の原因を探そうと焦せる。そして、それは息子の欽二の一身に関しているんだ、と結末をつける。
 ともかく、お松は欽二に逢って話を確めようと家を出た。

 裏門は五六人の職工達で固まっていた。傾きかけた塀の中にはギッチリ黒い頭が詰っていた。誰れかが黒い腕を振り上げて怒鳴っていた。ウォッと、怒濤のような地響きが起った。バンバン手が叩かれた。お松は先ずこの光景に愕かされた。目脂《めやに》を拭って、再び見直した。耳にまつわる毛を払いのけて、男が何を云ってるのかを聞こうと焦った。腰を伸ばして塀に掴まった。
「遠山欽二に逢われんですかい?」
 やっと、職工の一人に問いかけた。
「遠山? 欽二?……ああ、第二工場の兄貴だ。そうだな、今忙しいが、まア、行ってみよう。お前さんは誰れだい?え、おっ母アさんかい」
 若い職工は、威勢よく飛んで行った。
「何しろね、この通り今が真最中なもんだから……。おっ母アさん、こっちへ這入って待ってて
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