こさ行っちゃいかねえ。いいか。兄《あん》ちゃんが今に専門の医者にかけて必ず快《よく》してやるからな。いいか、兼、アーメンとこさ行くんじゃねえよ。……おっ母ア、お前の小使い置いていくよ。俺ア急ぐから帰るぜじゃ又な――」
 来た時と同じ様に、のっそりと音も立てずに欽二は出て行った。

       4

 夏になると毎夜の如く到るところで路傍説教が始まった。
 聖ヨハネ教会もその例に洩れず、信者達は三班に分れてビラを配り乍ら街をねった。今年は特別の熱意をもって、信者達は寧ろ強制的に聴衆を勧誘した。ひどく真剣だった。この熱誠は、彼等の信仰からよりも、より直接的な他の原因をもっていた。日曜の度に、牧師が、キリスト教普及の運動を、それが現代に於ける信者達の早急の任務であることを、熱涙をもって愬《うった》えるからであった。この牧師の異状な迄に真摯な態度がひどく信者達を動かしたのであった。
「牧師様は普及運動に御熱心でいられますな」
「ほんに結構なことでございますよ」
 信者の物問い度げな口吻《くちぶり》に対して、お松は何時もきまってこう返答していた。
 だが、こんな事実を彼女は知っている。
 確実
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