な正会員の一人である陶器会社の社長の息子が足繁く訪ねて来たこと。彼は何事かを低声に頼みこみ、牧師はそれを承諾した事。
教会へ寄附の名目で相当のまとまった金を彼が受取っている事。その日から態度が一変して普及運動が喧しく喋られた事等を。
牧師自身多忙をきわめ、内密で工場へ出かけて説教をしてくる事も度々だった。
併し、お松にはすべてが没交渉なことだった。彼女は他の信者達と等しく、只熱心に伝導説教に骨折っていた。神様のおやり遊ばす事は何事にかかわらず間違いのあろう道理がない。
十時が疾《と》っくに過ぎて、その夜の勤めを終ったお松は信者達と途中別れて暗い路地を曲って帰っていった。一人っ切りになると、先達の欽二の言葉がキリキリ胸につき上ってくる。だが、お松はそれを憶い出す度に十字を切ってキリスト様のみ名によって気持ちを柔らげ様と焦った。すっかり封印をしてしまった筈のあの言葉が何だって飛び出て私の前を往来し始めるんだろう。……お松は腹立たしい好奇でそれをチョッピリ噛んでみた。が、直ぐ彼女はそれを吐き出して再び十字を切り、今度は出て来れない様に重しをのせた。併し、それでもあの言葉がひっきりなし
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