父親が戸口まで追いかけて来た。
「仙! 気でも狂ったか」
外は氷りつき、足駄がカラカラと鳴った。
黒はふうふう、白い息を吐きながら主人の前を駈けて行った。
仙太は、赤子を自分の肌にぴったりくっつけた。
「よしよし、な、よしよし」
人通りはなかった。犬の遠吠が聞えた。
お高とは先生のところで別れたきり逢わなかった。三日おいて新寺の墓所に行って待ったが、約束の時間を二時間すぎてもお高は来なかった。その時は、寒さが体にさわるからと善意に解したけれども、それっきり、もう、仙太の前には現われなかった。子供は生れて一と月目に、産婆の近藤さんが抱いてきた。牛乳は一日にこれこれの分量で、と説明したのち、
「あまり丈夫なほうでねえからね、母乳が一番ええどもなし」と、つけ足した。
仙太は中町をまわって、知らず識らずのうちに菅原の家の前に立っていた。戸を敲こうとしたが、凝っと耐えて待った。
嬰児は、かぼそい声で泣き続けた。
誰か起きてくる気配がした。ひそめた話し声がした。叱りつけるような声もする。
仙太は息を呑んで、戸口に顔をおしつけるようにして言った。
「菅原さん、仙太ですが……」
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