―仙太はこう言って、お高の手を握り締めた。お高は、握られないほうの手で、仙太の手をさすった。
「あんたは、山へばかり行ってるって?」
と、お高は小さい声できいた。
「ああ、昼間は家にいるのが辛いんだ。お父やお母とは気持がしっくりせんしな。それに、町を歩いていても、町の人はみんな変な眼で俺を見る。今もな、床屋さ行って髭剃ってきたが、俺が、入って行ったら、みんな帰ってしまうんだ。皆が皆、この俺を白い眼で見る。すると、俺は、何敗けてなるもんか、という気になってくる。今の俺にはお前さえあれあなあ。お前さえ俺を信じていてくれれあ千人力だ。世間の奴等糞くらえだ。それに先生だって付いててくれるもんなあ」
お高は仙太の顔へ手をやった。
「ほんとに、きれい!」
「お前に逢うためによ。床屋の親方、どんな気持ちで剃刀あてたかな」
仙太は低く笑った。そして、お高を強く抱擁した。
急に二人は風が歇《や》んだと思った。併し、それは、黒がいつのまにか二人の傍に来ていたのだった。
「黒じゃないの。よしよし」
お高は頭を撫でてやった。黒はクンクン、鼻をならして、その手を舐めまわした。
仙太は話を続けた。それ
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