莨を足で踏みにじって、いっ時、息を呑むようにしていたが、思いきって尋ねた。
「この前、遅くなって、なんとも言われなかったか」
「うん、何にも。でも、知ってて知らんふりしているかも知れないけど……」
 仙太の気持はだんだん落ち付いてきた。そして、その後の出来事をずっと話した。父親は、自分の出様によっては、我を折ってくれる見込みも立っているけれど、母親がどうしても意地になっていて、承知しそうもない。「金で嫁を買ったんじゃあない」と頑張るのだ。――仙太は眼を伏せて言った。お高も眼を伏せてきいた。――二人の仲は、県下の学校に行っている時からのものだから、無論その愛は純潔で、何ら非難を受くべきでない。しかし、事がこう面倒になってきては、全く手の施しようもない。意地を張っている俺《おら》方の母親も分らず屋だが、犬っころみたいにお前を連れ帰ったお父さんも少し短気すぎる。でも、柳屋先生が元通りに納めてみせるって、今日も言っていたし、自分は何度も何度も頼んでおいたから、きっと万事旨くいくだろう。先生は、自分を役場の方へも世話してくれる積りだ。二人で別居して、水入らずの家をもて、と迄言って下さった。―
前へ 次へ
全31ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
矢田 津世子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング