。が使い慣れないと怪我するでね」
 時二郎が大きく欠伸して出て行った。
「なんか、面白い話でもあったんか?」
「今朝の新聞の心中ものを読んでいたところでして」
 親方はぎごちなく笑った。そして、研ぎ上った剃刀を頭へあてがい切れ味を試した。
 外は風がまだやまなかった。硝子戸が激しく鳴っていた。
 仙太は、冷えた湯で顔をなでられるごとに口をきつく結んだ。
「一服していったら」
 仙太が立上り、前をはたくと、親方は炉端の煙管を取りあげた。
 黒はむっくり起きて、主人に跟いて出て行った。
「仙太さんも変ってきたなあ」
 と親方は、煙草を詰めながら独りごちた。

 雨は降らなかった。風は闇の中に烈しく音を立てていた。一里はなれた線路を走る汽車の汽笛が微かに懐えてきこえた。
 墓地は暗く、椎の木が苦しげにうめき叫んでいた。
 仙太は立ったなり何度も燐寸を擦った。
「坐ったらいいのに……」
 お高はうずくまって、袂を屏風にしてやった。
「寒くないかい」
「それよか、人に見られるといけないから、もう少し小っちゃくなったら」
 仙太はくすん、と笑って、肩を屈めるようにしてお高に寄り添うた。
「駄目だ」
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