た。カツレツにして食べると結構牛肉の中どころの味が出るという。値が安く鱈腹食べられるというので、なかなかの人気だった。良人の味覚談義がはじまるのはこんなときである。
「鈴木さんのように舌の肥えている人にかかっちゃねえ」
役所の中で良人は食通として定評があった。聞き手たちは良人の話からまだ知らぬ味わいをいろいろに引き出しては、こっそりと空想の中で舌を楽しませる。
「この頃の牡蠣の旨いことったら、どうです。シュンですな。せんだって松島牡蠣を土産に貰いましてね、どて[#「どて」に傍点]焼にして食べましたよ……」
誰かのこんな話がきっかけになって、良人の食通ぶりが発揮される。
「牡蠣は何んといっても鳥取の夏牡蠣ですがね。こっちでは夏は禁物にされているが、どうしてどうして鳥取の夏牡蠣ときちゃあ堪らない。シマ牡蠣ともいいますがね、ごく深い海の底の岩にくっ着いている。海女が獲ってきたやつをその場で金槌を振るって殻をわずか叩き割り、刃物を入れて身を出すんだが、こいつが凄く大きい。そうですね、この手のひらぐらいは十分にありますよ。身が大きく厚いところへもってきて実は色艶がいい。こいつの黒いヘラヘラを
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