達磨といった恰好で押し乗せられる。「大胆に! 敏捷に! そして細心に!」というのが良人の、雑沓時の乗車モットーだったが、いつだったか、うかと手ぶらでいて引きもがれそうな目に会ってからというもの、良人はいよいよこのモットーを振りかざし、特に「細心に!」と肚に力をこめて自分に言い聞かせていた。
「今朝なんかね、俺の前にいた学生の胸のとこに納豆の豆がくっついてるんだ。教えてやろうにもどうにも……」
乗ったが最後身動きが出来ないという。顔を曲げたら曲げっぱなしで運ばれて行く。小男の良人は人の息、それも味嗜汁臭い息を吐きかけられながら達磨になって凝っとしている。
「いっぺん連れてってやりたいよ。殺人的雑沓さ。お前さんなんか袖も何も引きちぎられちまう」
良人は得意なときには目玉を剥いて右の怒り肩をちょいと聳やかす癖がある。このときも清子は良人の剥き眼を見て、人混みに揉まれているのにこの人は一体何が嬉しいんだろうと、おかしな気がした。
良人のことで清子が苦労したことと言えば毎朝つめる弁当のお菜《かず》である。いくら塩鮭《しゃけ》が好きだからといっても、そう毎日塩鮭ぜめにするわけにもいかない。惣
前へ
次へ
全31ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
矢田 津世子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング