ので、清子は姑の不用になった毛繻子の帯をもらって、二つも三つも丈夫な袖カバーをつくっておいたのだった。
「今日はね、おかしな結婚届があったよ。嫁さんも婿さんも操っていうんだがね」
 役所の中のことはあまり口にしないほうだったが、それでも時たま思い出し笑いをしながら姑や清子を相手に話した。
「尤も、操だからいいようなものの、これが有馬省君とせんさんじゃあ、夫婦喧嘩が絶えやしない。ありましょう、ありませんで始終角突き合いだ」
「なんですの、それ、落し話?」
 清子はくつくつ声をたてて笑った。謂われを聞かせられて姑も一緒になって笑った。
 いろいろな届出がある中で良人がわずか張りを覚えるのは婚姻届を扱うときだった。
 省線で通勤していた良人は、朝の電車の雑沓ぶりを帰る早々演じてみせたりしては姑や清子を笑わせたものだったが、殊に乗換場になっている新宿駅ホームの殺到ぶりは、小男の良人に言わせると「呑まれっちまう」ほどの人なだれで、うっかり眼ばたきも出来ない。眼ばたきしている間に揉み出されるという。良人は弁当箱を両手でしっかりと胸に抱いて、雨傘を持っているときは雨傘も一緒に抱いて、ちょうど手無しの
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