ど楽しみな昼食もそこそこに切り上げて書きづめだった。右上りの、力を入れて書くのが癖だったので、慣れないうちはよくガラスペンを折った。墨汁の染みた海綿にペンを引っかけて容れ物を落したり、粗忽な良人はよく失敗《しくじり》をした。たびたびのことなので用度係りへ請求するのに気兼ねして、しまいには家から持ち出した化粧クリームの空瓶を海綿入れにしていた。事変になってからは事務が殊のほか輻輳して、どの係りも追い立てられるような忙しさだった。役所の建物は古く薄暗くて、各係りの机の上低く朝から電燈がつけっぱなしになっていた。良人の係りでは謄本や抄本が日に何十通となく出た。この頃は中商工業者の転業失業のためにも謄本がよけい出るようになった。居残りが続いた。家に戻って晩い食卓につきながら箸がうまく動かせないで、良人はしきりと指を揉んでいることがあった。
「手が馬鹿になった」
不審がる清子へ良人は笑いながらこう言って、右の手くびをカクンカクン振ってみせたりした。
墨汁で顔まで汚したり、袖カバーをはめたまま戻ってきたりすることがよくあった。このカバーは清子のお手製だった。買ったものは品が弱く、すぐ破いてくる
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