師匠も銀三も黙している。
 いっ時、みんなは、黙していた。
 葛岡氏は、銀三があたらしく淹れた茶を啜りすすり、話をそらした。
「昨日、蓼川家の売り立てがありましてね。わたしも、いつもと違って早くから出かけてみましたが、流石は蓼川家で、それは豪華なものでしたよ。殊に、お師匠さんの『山茶図』はカタログに出ていただけで、わたし共はもう喉から手が出るくらいなんですからね。見物をみると、想像以上のものでしたよ。入札して開けてみたところが、みんな欲しかったとみえて七千円以下はありませんでしたよ。七千円から八千円位の間でしてね、結局、八千二百円の人に落ちました。あれを最後に廻わしたところなど、向うの人もなかなか熟《な》れたもんですよ。あのカタログは唐雅堂で刷ったんだそうですが、調子が特によかったらしく、唐雅堂のおやじも鼻[#「鼻」に傍点]にしていましたが、どうも、あのカタログにプレミアムがつきそうなんでしてね、今朝《けさ》も、はしり[#「はしり」に傍点]の書画屋が二人も朝食前に来たんで、何かと思ったら、ぜひ、余分があったら実費で分けてもらいたいってね。大したもんですよ」
 蓼川家の売り立ての広告
前へ 次へ
全69ページ中67ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
矢田 津世子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング