「これだけは、お寿女さんの折角の心づくしなのですから……」
龍子は、にこやかに、素早い偸み見をしながら言った。
「鳥の刺繍も、あたくし頂けるものとばかり思っていましたけれど、あれは、ほんとうによい記念になりましたのに……」
暗に、自分の所有に帰したい心を言ったのだけれど、師匠はききつけぬ容子で、やがて、言葉尠なに辞し去った。
「お寿女さんは妙だね。あの爺さんにだけは会いたいと言って、せがんだそうだがね。はあ、あの人が、ねえ」
と、中尾は、再び感じ入った。
「仲々、がっちりしてる爺さんよ」
と言って、龍子は口惜しそうな顔をむき出しにみせた。
好物の天麩羅蕎麦が届くと、中尾は、浮きうきして喋り続けた。
「お寿女さんも、なんだねえ、二十八やそこらで死ぬなんて可哀相なもんだが、これも寿命とあればねえ。そうそう、看護婦が言ってたっけが、病院に運び込まれた時は意識がまだ判っきりしててね、自分が死んだら直ぐ火葬《やい》て呉れ、誰れにも知らせないで、直ぐ火葬《やい》て呉れ、って、うるさく頼んだそうだが……そうそう、それからね、なんでも、髪を結って呉れ、って随分せがんだそうだがね。矢っ張り、
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