わされているわけである。刺繍芸術には、その後、次第に日本人独特の趣が加えられて戦国時代には兵具にさえ繍をほどこすようになり、元禄の頃に至って最も洗練され、徳川時代にはこの繍の多少によって武家の格式の高下をはかるというまでに用いられた。
 西洋のほうでもまた旧約書にアーロンの帯が紅青紫の刺繍された美しい麻布であったとみえているから、ずいぶんと早くからその技に熟していたようである。のちにはアングロサクソン寺院の僧衣が見事に繍されたとも伝わっている。「マティルド女王の壁掛」とは、よく耳にするけれど、これはローマネスク時代の遺品中最も珍奇なものとして今日仏蘭西ノルマンディのバイユー・カテドラルに蔵されているときく。ノルマンディ公ウイリヤムの英吉利征服に材を取りマティルド女王の手工として、また十一世紀末の華麗な繍織として遺っていると聞いているが、「これ迄の織物や刺繍はすべて東方から供給されしものにしてこの時代に至って毛織に刺繍せる美しき工作ヨーロッパに於ても初められたり」と古い美術雑誌などにも記されてあるから、西方諸国の繍におけるその技の発達は疾くから東方に負うところがあったとみられる。
 わた
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