いよいよ加わって木の間を洩れる陽射しにも背《せな》をやかれるよう、人どおりのまったく絶えたこの径には蝉しぐれが降りしきって聾するばかりのかしましさのゆえか辺りの寂けさがひとしお澄んで感じとられる。蝉取りの子供たちに行き会うただけであった。
博物館の門前に辿りついてわたくしは躊躇し訝った。砂利はこびの人夫たちの出入りがしげくて辺りの様子がなにかざわついている。門衛のはなしに、このほど新館が落成したので今は陳列品をそちらへ移しかえるため休館になっているということであった。
「十一月迄の御辛抱ですな。その代り今度は立派なところで御覧になれます。ほれ、あそこにみえるのが……」
老門衛は番所を出てきて眼を皺めて、指先きに挟んだチビた莨で樹間の白い巨大な建物をさした。
「天寿国繍帳」の造製に与かった絵師たちは推古天皇の十二年帰化画師保護のため定められた黄書画師《きぶみのえし》ならびに山背画師に属する人びととしてものの本にみえている。末賢は大和に住し東漢《やまとのあや》に属した帰化漢人であり、奴加己利も亦、そして加西溢は帰化高勾麗人であった。それゆえ我国最初のこの繍帳には支那高勾麗両系の絵があら
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