をはこんでいる采女たちの姿が浮んでくる。亡き太子の御遺徳をしのびまつり、ただ一途な思慕と信仰のその念いばかりが繍帳に籠っているとみえた。
先生の語るところに深くこころ動かされてわたくしは、せめて上野の博物館へいって話しにきいていた「無量寿経」をなり見たいものと或る朝ふと思い立った。この経文一巻は文字を刺繍とし浄土のさまを口絵に描いて極彩色を施したものだときいている。「天寿国曼荼羅」に倣って後世仏像経巻等を繍することが行われ技のほうも次第に巧妙となったということは想像に難くないが、現存のものでは右の経文の他に山科勧修寺の繍仏、近江宝厳寺蔵の国宝「刺繍普賢十羅刹女図」の額、「弥陀三尊来迎図」の額など精巧のわざを示したものときいている。なお最近読んだ書物の中に「菅原直之助、独習をもって刺繍に長じたる人にして狩野芳崖の『悲母観音』の繍は原画の傑出せると共に有名なり」とあるけれども、これが何処に蔵されているかは明らかにされて居ない。
省線をうぐいすだにで降りて、徳川御霊屋の塀に沿うて樹木の鬱蒼と覆いかぶさっている径を博物館へと取った。暦のうえではもう秋立つ日も疾うにすぎているけれども、暑さは
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