らず、尾久の家かと大して気にもとめなかった。
 一日おいて、中尾が来たので、龍子は話した。尾久からは、来ていないと簡単な返事があった。中尾は、女中部屋の押入れの中を調べた。龍子はすっかり落着きを失って、敷居のところにうろうろして、せっついて中尾に話しかけてばかりいた。
 小枠だけがみえなくなっていた。
「せんせい[#「せんせい」に傍点]この頃少し逆上《のぼ》せていたようだから、変になったんじゃないかな」
 茶の間に戻ってきて、中尾は立ったまま餅菓子をつまみ食いしながら言った。
 中尾に引き添うて喋りつづけていた龍子は、それで、ぎくっとした顔になったが、うろたえて、
「厭がらせを仰言らないでよ。ねえ、中尾さん、お願いよ、早くどうかして頂戴」
 と、せがんだ。
 中尾が探してみることになった。
 その夜、遅くなって、中尾から電話がかかってきた。寿女の居所が分ったと言う。施療院で危篤状態だということであった。
 翌朝、早く、中尾がやってきた。
「どうも、酷い目にあった。とうとうお通夜をさせられちゃってね。……そうそう、あんたの名前を二度も呼んだっけが。矢っ張り恩を感じていたんだね。可哀相に…
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