合せるのだった。
 龍子のいるところでは、寿女は寝《やす》んでいたことが無かった。針をもつことも叶わず、横になっている時でも、気配をききつけると跳ね起きた。熱っぽく赤い顔が前のめりになることがあった。それでも龍子のいるところでは、覚束無いながらも縫い物の手を動かしていた。不意に、龍子が女中部屋へ入ってきたことがあった。客があって、茶の支度を吩咐けにきたのであったが、早く牀に臥していた寿女は、飛び起きて、前をかき合せざま壁に背を寄せた。促し立てられると背を壁に沿うたなり、勝手へ出て、ふらつく躯を踏みこたえながら茶の支度にかかった。
 それから数日すぎて、龍子が外から帰って来ると、いつも走り出迎える寿女の姿が見えない。声をかけてもなんの気配もない。女中部屋を覗いて見ると、枠台に屈み込んで、せいせい呼吸《いき》をはずませて針に熱中していた。
 梅雨に入ってから、寿女は、また一週間ばかり早寝をした。夜中、水を飲みに起き出るような気配も、呻き声も、うつつに聞いたようであったが、龍子は眠っていた。
 或る日、突然、寿女の姿がみえなくなった。龍子が弟子たちに稽古をつけていた間のことである。その夜は戻
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