…。僕が駈けつけた時は、もう、訳の分らない譫言ばかり言ってたんだからね。肺炎だそうだ。だが、よく、あそこまで持ちこたえたもんだ。医者も感心してたがね」
「なんだって施療院なんかで……」
と、龍子は独り言にいった。
「警察から廻わしたんだが、なんでも、錦糸堀の車庫の辺で行き倒れになっていたそうだ。尾久へでも行くつもりだったろうが。いや、尾久とは方角違いだしなあ。此処を出たのが五日で、七日の朝に病院へ運んだっていうんだから、まあ、まる二日外にうろうろしていたわけなんだなあ」
中尾は自分で茶を淹れて、熱いのをふうふう吹きながら上眼で龍子を見て言った。
「どうです、先生、出かけますか? まだ、死亡室に置いてありますがね」
龍子は不興気に頭《つむり》を振った。
「これから、また、ひとっ走りして、運び出しに立会わなけあ」
窓硝子ごしに覗いて見て、「よく、降りやがる」
そして、濡れたレインコートをまたひっかけた。
「そうそう、妙な爺さんがいたっけが、あれあ尾久の家の人かい。こっちで、もの言っても黙りこくってるし、居眠りしてるかと思って覗くと、目玉をぎょろりと開けてるしさ、危く声出すとこだっ
前へ
次へ
全69ページ中59ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
矢田 津世子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング