くその調律師から貸金の全部を取り立ててきたという。そのピアニストから龍子はきかされたことがあった。
また、或る時、龍子にあらぬ噂が立って、それが三流新聞の娯楽面いっぱいに事々しく掲げられたことがあった。来合わせた中尾に、つい興奮して憤慨を洩らすと、翌日のその新聞に謝罪文が出た。中尾がねじ込んだことだと後で解った。
龍子が中尾に金を委せるようになったのは、この二つの事であらまし中尾という人物の見透しがついたからであった。中尾のような男は、自分のことでは消極的だが、他人《ひと》のことでは奇妙に積極的になれるものである。粘りづよく強引に、時には居直るほどの強気を持ち合わせているのも、この種の男である。龍子は、そこを見込んだ。
中尾に金を託して融通させるのであるが、おもては、中尾自身に貸し付けたことになっている。中尾の伯父に、京橋目抜き通りの地所持ちがいることを知っていたから、保証人は、この人にしてはどうかと勧めてみた。万一のことを龍子は慮ったからである。どう話し合いがついてか、中尾は直ぐに伯父の判をもらってきた。証文は二通、借用証書と手数料契約書が交わされた。
この歌うたいは、算盤の
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