いうようなものを、見たような気がした。
 口うるさい楽壇雀どもは、女史のことをいろいろと噂して、独り暮しではかかりも尠かろうし、もう相当に貯ったろう、などとも蔭口をきいている。これは、当っていないことも無さそうだ。家作をもっているとか、預金帖を三通りも持っているとか、株にも手を出しているとか、噂は種々出ているけれども、このうち、株と家作の話は信じきれない。これは龍子の性分に合わない事だからである。
 龍子の弟子たちは、先生が遠縁の佝僂女を引き取ったということについて、まちまちの推量をしていたが、これは、先生が憐憫慈悲の心からしたことだと思い合わされてからは、いよいよ尊敬の念を深めた。親類の者たちは、どっちかというと、吻っとしながらも、龍子の物好きを訝かった。
 龍子は寿女へよく目をかけた。不様だけれども、この娘はよく働く。恩恵を感じて給金を辞退するばかりか、どこからか賃仕事を探してきては、暇さえあれば縫っている。勝手元の小物だの惣菜だのを買う時にはその縫い賃を足し前にしている。龍子は気の毒がりながらも、結局、それを重宝がった。
 この家へ、時折り、中尾通章という四十年配の男が訪ねて来る
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