な優しさ劬わり深さをみせられるよりは、寿女は、罵られながら扱《こき》使われたほうがまし[#「まし」に傍点]だと思った。
 この家の子供達は寿女へは寄りつかなかった。寿女の坐った場所には坐ろうともしなかったし、寿女が箸をつけた漬物へは決して箸を出さないという風であった。寿女は、みんなの済むのを待って食べることにしていた。食べ残しの菜を小皿にとり分けて、独りで食べた。
 下の女の子は、それでも寿女に懐いて、食べ倦きた飴玉などを分けてくれたり人形の着物を縫ってくれとせがんだりする時がある。或る日、通りまで使いに出た寿女が、学校がえりの子供たちの中に、この女の子を見付けたので、声をかけながらせいせい言って寄って行くと、真っ赤になってもじもじしていた女の子は不意に鞄をおさえて駈け出した。筆箱のカチャカチャと鳴る音がいつまでも耳に残り、こんなことがあってから寿女は、途上《みち》で女の子を見付けると周章てて道をそらしたりした。
 母親の一周忌が済んで、程なく、この家へ奥住龍子が訪ねて来た。葬いの折りに顔をみせただけで、それっきりになっていたから、夫婦は、この唐突な訪問の意味を先ず目顔で探りあった。

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