を一つ二つ貰ってかえる。仕入れのことまでは思いが行かず、この人たちには、店にごたごた置き並べてある品物の、どれかをかい[#「かい」に傍点]撮まないだけ損をする、とでもいうような気軽な風がみえた。
尾久の嫂は、素直な優しいひとで、言葉なども控え目に丁寧だったけれども、なにか、その丁寧さ優しさの中に、近寄り難い冷めたさがあった。
売上げだけでは到底過せなかったから、寿女はよく夜を徹して仕立物にかかりつめた。尾久の嫂の優しさに縋り付きたい気持ちで一、二度足をはこんだが、会うと、その丁寧な物腰言葉に妙に隔てられて、気詰りな思いばかりであった。
「折角、加福さんで手を覚えこんだのだから、何か刺繍の内職をしてみたらどうだろうねえ。お針のほうと違って、刺繍は値がいいそうだがねえ」
寿女が寝《やす》まない夜は、母親もまた枕の上で起きていた。そして、黄っぽく浮腫《むく》んだ面を横にしたまま褄さきや裾ぐけを手伝ってやりながら、窺うようにそんなことを言うた。
寿女は困ったようにちらと母親を見たが、それなり針を運ばせている。
母親は遠慮がちに、また、言った。
「加福さんに頼んでみたら、どうにか仕事を
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