お世話して下さるだろうと思うがねえ。なんだったら、母さんがお願いしてみて……」
「そんなこと、母さん」
 出しぬけの大声に、母親はびっくらした。
「それかって、お前……三年もの間かよいつめた甲斐がないじゃないかねえ。それに、加福さんだって、あんなに力を入れて下すったんだし、折角の手なんだからねえ」
「でも、そんなこと……」
 寿女は本当に困りきった顔で、寸時母親を見戌っていたが、直ぐまた針にかかって、夢中になって縫い続けた。
 仕立物を届けに湯島まで行った間に、母親の容態が急変して、医者が駈けつけた時には、もう、こと切れていた。
 前夜、久しぶりで晴ればれした顔で牀の上に起きなおって、
「もう、大ぶんに快いから、きょうは一枚縫い上げるよ」
 と、きかぬ気をみせて、絽縮緬の座敷着を手にとっていたが、片袖を縫いかけて、針をおいた。
「どうも、顔が重たくってねえ」
 そして、しきりに両手で撫でたりしていたが、
「あとは明日《あす》のことにしようかねえ。意気地のないがお[#「がお」に傍点]ったらありゃしない」
 と、弱く笑いながら寿女の手をかりて横になった。浮腫んで大きくなった顔のことを、母親
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