いことだ。堕して立ち直っても、こんどは針が言うことをきかなくなってしまう。ひとりでに邪に逸れて行く」
 とも言った。
 このことがあってから銀三の寿女へむける態度には、一種、畏敬に近いものが加わった。それを外して、寿女は相変らずおどけを言っては銀三を笑わせる。
「銀三さんがお内儀さんをもらったら、ずいぶん大切にするでしょうねえ。帯から着物、半襟、下着までもみんなごてごて刺繍してやってさ」
 連之助までが横をむいて、くすっと笑う。
「それに銀三さんのことだから、御飯ごしらえから子供の守りまで、ひとりで立ちまわってさ、割烹着なんかきて市場へ買い出しに行ったりしてさ。お内儀さんは上げ膳据え膳のおかいこぐるみで、年児ばかり生んで……」
「背中に一人、懐ろに一人、右と左に一人ずつか」
 と銀三も酬いて笑った。
「ほんとうに、そんなお内儀さんになれたら女冥利につきるけれど……ねえ、銀三さん、あちこち選り好みばかりしていないでさ、手近いところであたしなんかどうでしょう。小っちゃい可愛らしいお内儀さんが出来上ってよ。まるで、お人形みたいだって、御近所で評判になることよ」
 銀三は笑いながら聞いているが
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