り合わせていく。うしろ背を連之助の眼にふれさせまいとしている。連之助のいるところでは決して座を立ったことがなかったし、何かの用事で話しをしなければならないときには、きっと、髪へ手をやった。
こうして座に居ついたままの寿女へ、糸箱から糸を取ってきてやったり、針の代えに心を配るのは銀三であった。銀三は、この家に住込んでからは、ずっと師匠の身のまわりの世話から客の取り次ぎ、勝手元いっさいまでも独りで取り仕切って、針に打ち込む間もない時がある。師匠と共にいるこの暮しを何よりの喜びとしているし、この律儀一途な性分を重宝がって連之助は、自分もまた師匠のように身のまわりのことをさせつけていた。
或る時、師匠から「四君子」と題が出て、三人の弟子は競うてかかりつめたが、誰れよりも早く仕上り、師匠の糸ぐせも巧みに出して、色彩りも鮮やかに人眼を惹いたのは、連之助の仕事であった。併し、師匠は、寿女を採った。人の眼には粗にして取るに足らぬともみえるその技を採った。銀三は二人に十日余りも遅れていて、なお仕上らなかった。
「人の眼を気にして針をもつと邪に逸れる」
と、師匠は弟子たちを前にして言った。
「怕ろし
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