頭などは、これを見付けものにして、内証で、師匠の名を用いた仕事を頼み込んだりした。
 この連之助と銀三に挟まれた位置で、寿女は枠台にむかっていたが、憚からず冗談口のきけるのは銀三とばかりで、連之助へは声をかけることも稀れである。連之助のほうでも、寿女や銀三へは構いつけなかった。これは内気寡黙のゆえともみえる。けれども同じ連之助が、いかにも、うちやわらいだ愛想顔をみせる時がある。師匠や帯安の番頭の前に出たときだけであった。
 寿女は何がなし、この連之助へ挑みかかりたいような気持ちにさせられる。何がなし、その仕事を打負かしてやりたい気持ちにさせられる。そして心を凝らして、ひたむきに励んだ。
 寿女は糸を縒り合わせることが器用だったから、よく、銀三の分も手伝ってやった。それが仕癖になって、銀三は、
「お寿女さん、割り合せを頼むよ」とか、「こんどは二菅合せだ」とか、小声で頼み込む。
 枠孔へ目打ちを立ててそれに糸を引いて、一方を口に啣え一方を縒りながら合せていく機敏な動作は、立って為ることが慣わしとされているけれども、寿女はそうした例しがない。いつも、中腰になって上背をよじるようにして手早く縒
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