女を見る人があるので、つれの娘たちは顔を赧らめて、何気ないふうに自分たちだけで話をはずませたりして行く。
「あたし、とっても早足だかち先きへ行って待ってるわね。ごめんなさいね」
寿女はきっとこんなことを言って、真っ赤になってせいせい息を切らして、先きへ行く。
せっかく誘ってやったのに、置き去りにするなんて、ずいぶんね、と娘たちは不満を洩らしあったが、
「でも、ねえ、並んで歩くよりか、ねえ」
と、ひとりが頸をすくめてちょろりと舌を出すと、みんなも頸をすくめてクスクス笑いあった。
大通りの雑沓の中から寿女は伸び上るようにして、にこにこして、連れのほうをちょいちょいと振りかえってみる。そして、丸く盛りあがった背が弾んでみえるほどの急ぎ足で、間もなく小さな姿はまったく人混みに隠れてしまう。
寿女がこの娘たちの前で自慢にしていることがたった一つあった。ソプラノ歌手の奥住龍子のことである。龍子の母と寿女の母親とは従姉妹どうしだったし、母親が最初の子を嬰児のままで喪うて間もない頃、乳不足の龍子を託せられたことがあった。四つのときに龍子は生家へ引きとられていったが、乳の母を慕って、矢張り、種
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