村の家に寝泊りすることが多かった。やがて、寿女が生まれて母親の乳房にしがみつくようになると、稚い龍子はいきり立って、その乳房をがむしゃらにひったくった。
眼鼻だちのぱらりとした笑窪の顔が愛嬌だったし、人見知りをするふうもなくて、よく遊戯をしたり、大きな声で唱歌をうたったりしてみせるので、誰れからも可愛がられた。賞められると稚い龍子は何度でもそれをしてみせた。
「奥住の嬢さん」と寿女の母親は言い慣わした。龍子の父が名の通っている弁護士だったから、何かそのことに手の届きかねる生活の高さを感じていたし、そこからの預り娘だということで母親は並々ならぬ面目を感じていた。寿女も耳馴染みで「奥住の嬢さん」と呼ぶ。この綺麗な人が自分の乳姉妹だということに胸一ぱいの誇りを感じていた。
よく、新聞雑誌で龍子の写真を見付けると、いちいちそれを見せに近所の娘たちのところへ息をせいせい言わせて駈けつける。龍子が音楽学校を華やかに巣立ったころのことで、その写真や名前の切り抜きを、寿女は丁寧に堅紙で包んで針箱の底に納まっておいた。
広小路の百貨店まで買い物にきたついでだからと、龍子が、この母娘の小店へ立寄った
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