…黒檀もここいらへんになりますと上《じょう》の上でございます」
三昧堂は乗り出して簾屏風の蔭から中低の顔をのぞかせて金歯をチラチラ弁じたてた。
師匠は額縁を取り出してコツコツと敲いて音を試したりしていたが、軈て立って、うしろの戸棚から金布《かなきん》をかむせた小枠をとりおろした。
「お手伝いいたしましょう」
と言って、三昧堂は上りこんだが、師匠は人手をかりず枠糸をとりのけて、ながいことかかって額縁に嵌めこんだ。柱のところに立てかけておいて、すざって眺めていられる。
「寿女さんの形見だ。……どうです?」
師匠は額に眺め入りながら徐かにこう問うた。
それは横一尺に縦二尺ばかりの、糸錦の地に木居《こい》の若鷹を刺繍したもので、あしらった紐のいろは鮮やかな緋色であった。若鷹は茶褐色の斑《ふ》に富み、頸から胸にかけての柔毛《にこげ》は如何にも稚を含んでいて好もしいが、その眼、嘴、脚爪の鋭さが何んともいえず胸を衝く。わたくしは寸時眼を逸らしていたが、また、視入った。
この若鷹は斑《ふ》の彩色、誇張しているとさえみえる形の一種のそぐわなさからも、実際鷹狩につかう鷹とは凡そかけはなれている
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