な事を言ふなら。」
五月の朝の日が晴やかに、明るく部屋に差し込んで来た。その時フリツツは「どうもアンナだつて真面目に考へて、あんな手紙を書いたのではあるまい」と思つた。それと同時に、少し気が落ち着いて来て、この儘も少し寝てゐたいと思つた。併し又一転して考へて見ると、やはり停車場《ステエシヨン》へ行つた方が好いやうに思はれる。行つて、あいつの来ないのを見て遣らうと思ふのである。時間が来ても娘が来なかつたら、どんなにか嬉しからうと思つて見るのである。
まだ薄ら寒い朝の町を、疲れて膝のがく/\するやうな足を引き摩《ず》つて、停車場へ出掛けた。
停車場の広場は空虚である。なんだか気味の悪いやうな、まだ希望の繋がれてゐるやうな心持をしながら、フリツツはあたりを見廻した。
茶色のジヤケツはどこにも見えない。
フリツツはほつと息をした。それから廊下や待合室を駆け廻つて捜した。旅客が寝ぼけた顔をして、何事にも無頓着な様子で歩き廻つてゐる。赤帽が柱の周囲《まはり》に、不性らしく立つてゐる。埃だらけのベンチの上に、包みや籠を置いて、それに倚り掛つて、不機嫌らしい顔をしてゐる下等社会の男女もある。
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