る。かうして暴動などの起らないやうに用心してあるのである。
 どんな非常な場合にも船を暴動者の手に取られてしまふ事のないやうに、思ひ掛けない程の用心がしてある。どんな危険にも屈せずに、格子の中の猛獣共が荒れ出して、格子から打ち込む弾丸も効力がなく、格子も破れてしまつたとしても、艦長の手にはまだ一大威力が保留してある。それは艦長が只簡短な号令を機関室へ下せば好いのである、「ワルヴを開けい。」
 この号令が下ると、直ぐに機関室から囚人のゐる室へ熱蒸気が導かれる。丁度物の透間にゐる昆虫を殺すやうな工合である。囚人の暴動はこの手段で絶対的に防がれる事になつてゐる。
 こんな厳重な圧制の下にゐても、囚人等は矢張り普通の人間らしい生活を営んでゐる。
 今宵丁度汽船が闇の空へ花火《ひばな》を散らして、波を破つて進んで行き、廊下では番兵が小銃を杖に突いて転寝《うたゝね》をしてをり、例の薄暗いランプの火が絶え絶えに廊下から差し込んでゐる時、その格子の奥では沈黙の内に一悲劇があつた。それは囚人仲間で密告者を処分したのである。
 翌朝点呼になつて見ると、囚人の中に寝台《ねだい》から起きないものが三人あつた。
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