る交る散歩させられる。その外は甲板に出る事は出来ない。
囚人のゐる室は、天井の低い、広い室である。昼間は並べて開けてある小さい窓から日が差し込む。薄暗いこの室の背景に透《すか》して見ると、窓は衣服に光る扣鈕《ボタン》が二列に付いてゐるやうに見える。遠いのは段々小さくなつて、その先は船壁の曲る所で見えなくなつてゐる。室の中央に廊下がある。廊下と、囚人のゐる棚との間には鉄の柱を立てて、鉄の格子が嵌めてある。そこに小銃を突いて、番兵が立つてゐる。夜になると薄暗いランプが、ちらちらと廊下を照らしてゐる。
総て囚人のする事は、番兵の目の前で格子の中でするのである。
熱帯の太陽が燬《や》くやうな光線を水面に射下してゐても好い。風が吠えて檣がきしめいて、波が船を揺つてゐても好い。この室に閉ぢ込められてゐる幾百人は、平気で天気の荒れるのを聞いてゐる。自分の頭の上や、この壁の外で、何事があらうと、この波に浮んでゐる牢屋が、どつちの方へ向いて行かうと、そんな事には構はない。
載せてある囚人の数は、それを護衛してゐる兵卒の数より多い。その代り囚人は一足歩くにも、ちよつと動くにも、厳重な取締を受けてゐ
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