を出すといふ風ですからね。」
「それは土地の慣《なら》はしだから為方がない。その貰ふ人も余所で泊れば、人に煙草を遣るのだからな。お前さんにだつて補助をして、今のやうに暮して行かれるやうにしてくれたぢやないか。」
「それはさうですね。」
「どうだね。気楽に暮してゐるかね。」かう云つて己はワシリの顔を見た。
 ワシリは微笑んで、「さやう」と云つたが、跡は黙つて薪を炉にくべてゐる。煖炉の火が明るく顔を照すのを見ると、目がどんよりしてゐる。
 暫くしてワシリが云つた。「まあ、わたくしの事を話し出しては際限がありません。これまで好い目に逢つた事もないが、今だつて好い目を見てはゐませんよ。十八位の時までは、少しは好かつたのです。詰まり両親の言ふ事を聞いてゐた間が、為合《しあは》せだつたのです。それをしなくなつた時、為合せといふものが無くなつたのです。それからといふものは、わたくしは、自分を死んだものゝやうに思つてゐます。」
 かう云つた時、ワシリの顔は曇つて、下唇がぴくぴく引き吊つた。丁度子供のするやうな工合である。謂はばワシリは「両親の言ふ事を聞いた」子供に戻つたので、只その子供がいたづらに経歴
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