たくし、ふいと思ひましたよ。どうも御厄介になつて済みません。わたくしの部落の方へお出でになつたら、どうぞ忘れないで、お寄りなすつて下さい。好い加減な事を言ふのではありませんから。」

     三

 ワシリは茶を飲んでしまつて、又煖炉の火の前に腰を掛けた。無論まだ寝るわけには行かない。主人を乗せて来て汗になつた馬が落ち着いた上で、飼《かひ》を付けて遣つて、それから寝なくてはならない。食料は枯草で好いのである。ヤクツク地方の馬は余り丈夫ではない。併し飼ふには面倒が少ない。ヤクツク人はバタやその外の食料を馬に付けて、ずつと遠いウチユウル河の方に住んでゐるツングスク人に売りに行く。森の中や鉱山で稼いでゐる所へ売りに行くのである。何百ヱルストといふ遠道を歩かせる。途中では枯草を食はせる事も出来ないのである。
 そんな時には、日が暮れると、茂つた森の中に寝る。木を集めて焚火をする。馬は森に放して置く。さうすると雪の下に埋もれてゐる草を捜して、ひとりで食ふのである。それから夜が明けると、又遠道を歩かせる事になつてゐる。
 飼ふにその位骨の折れない馬だけれど、一つ注意しなくてはならない事がある。そ
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